Aqua-Iris💐お化けが怖い霊能者/スピリチュアルカウンセラー

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あなたの執着はどこから?

やっとです

 

 

一番私が取り組むべき課題、執着について

 

 

ラスボス感満載の愛🌹

 

 

文字と響きだけは可愛いんですが

中身はとにかくどろっどろ😅

 

 

これに着手する時がやってきました

 

 

ずっと、見ないようにしてきた

蓋をしてきた、逃げてきたやつ

愛 

これに立ち向かう私をどうか

優しく皆さまに見守ってほしくて

ブログに記していこうと思います😣🙏

 

 

自分自身と向き合い、改めて1から己を知るために

少しメモ書き調になる部分も

あるかもしれませんが、ご了承くださいm(_ _)m

なにしろ、30年間開いてこなかった扉ですから

埃をかぶり、錆び、鍵もどれか分からない状況ですので

一つ一つ紐解いていきたくて😣

 

 

でも、これをクリアし

自分を愛し、信じることができなければ

私は今後、自分の意思と力で

何かを心から信じ続けることはできないだろう

と感じるので、どうか一人の人間の

精神的自立の過程を

親のような眼差しで見ていて下さい🥺💗

簡単にいうと依存手放しのプロセスを、皆さまに晒す感じです😅

 

 

また、こちらの記事にはスピリチュアルな観点だけでなく

心理学、精神疾患、気質等の要素も含まれてきますので

スピか~と思わず、心理状態の研究がてら

気楽に見ていただけますと幸いでございます。

 

他のブログを探しても、手放しました!

というのは見かけるけど、今現在向き合っている人が

どんな気持ちで、どんなことをしているのかまでは

記していなかったり、私はその記事に出会えていないから

きっと自分で考え記してこそ得られるものがあるんだ

と思ったので、はい、やります!!笑

 

 

✳️本日の記事は主に

私と境界性パーソナリティー障害が

どのように関係し、どんな依存状態

精神状態でここまで歩んできたのか思い出すことで

執着がどんな状況の時に起こっていたのか

自分自身で再確認しようというプロセスになりますので

心理的な物にご興味がない方、又は

人の過去など気にならんという方は

今回は少し退屈になられるかもしれませんことを

改めてお伝えしておきますね🥺🙏

 

 

✳️現在、パーソナリティー障害は根治はできておりませんが

自分でコントロールできるようになってきました。

HSP×パーソナリティー障害がかけ合わさると

少しパニックになることもありますが

自分で自分の記憶が保てているので

今後はもっと良くなっていく予定です🤗💗

 

 

まず、前提として私が持っているブロック

及び執着(依存)はコレ↓

自己愛

ここが核となります

 

 

この自己愛が足りない、欠乏しているからこそ、自分のことを信じられず、大切にできない、自己犠牲型人間、依存体質として人生を歩んでまいりました。

恐らく、生まれつき、HSPの気質も持っており、音や人の心、照明等に過敏で、今も毎日耳栓をしなければ寝られない、人混みは極力避け、こじんまりとした空間を好んでいます。

元が少し生きずらさを抱えるタイプだった上に、家庭環境により一層制限(知らないうちに境界性パーソナリティー障害を発症していた)がかかった状態です💦

 

 

ここからは、この依存を手放すためには切っても切れない関係の、境界性パーソナリティー障害と私の歴史について書いていこうと思います。

 

以前のブログにもあげましたが、私は境界性パーソナリティー障害を持っており、今は落ち着いていますが、根治はできておらず、この病気を発症した原因も愛着障害から来たのではないかと主治医の先生に言われたことがあります。

この境界性パーソナリティー障害は結婚一年目(6年前くらい)に症状が爆発し、初めて精神科と呼ばれる所に行くことになり、そこで診断されたものです。境界性パーソナリティー障害の中でも、軽度~重度があるのですが、私の場合は発作は一人でに起こることが多かったため、中度と診断されました💫

 

 

発作の内容としましては主に自傷、自責、乖離で、よく言われる人前で派手に何かやらかすとか、他責は、現在に至るまで全くなく、なんなら依存性の部分もあるため、誰かに嫌われたり見捨てられるようなことがないように、いい子でいようと過度に自分を抑えつけようとします。

同じ見捨てられ不安であっても、他人の気を惹くために他責をしたり、人前で自傷をする病状ではなく、私はその真逆で、隠れてしていました。どちらもそれなりに周りからしたら大変ですよね😅ただ、私たち当事者からすると、誰かを困らせてやろう!という魂胆は微塵もなく、心と頭の感覚のズレや認知の偏りから、自然と行動に移しているなんてこともあり、止めることができない、ある意味その状態に依存している形になるんですよね。

くしゃみって勝手に出ますがあんな感じで、何らかのストレスを受け心が反応すると、自分を守るために反射的に表出してしまうんです💦

 

 

 

ちなみに、幼少期(物心ついたころ~小学3年生くらいまで)は、手を何度も石鹸で洗わないと気が済まないとか、咳(えへんという軽い物)を頻回にしなければ話し出せない、鍵を閉めたのに不安になり、何度も開けたり閉めたりしないと出発できない等、少し強迫性障害の要素もありながらもチックで片付けられていました。(当時はまだ特に子供に対する精神疾患に対してあまり理解の無い時代でした)

 

 

両親離婚後(小学校4年生)からは、境界性パーソナリティー障害のような症状(生きずらさによる自傷、自責)がずっとあったのですが、勉強に追われ、精神を崩している自覚がありながらも、心に向き合うことなくひたすら目の前のやるべきことをこなしていました。

 

自傷で心を癒し誤魔化す日々を過ごしましたが、高校1年の時に部活で上手くいかない状態の自分に嫌気がさし、ついに体がSOSを出し、めまいが出始め不登校になりました。

マーチングが全国的に有名な高校で、それがしたくて頑張って入学したものの、完璧主義者だった私は、周りとの技術の差や、人間関係に悩み、行き場のない想いをどこにも出すことが出来ず、爆発したようです💧

 

その時、自分の中で、これは心をやったな…とほぼ確信していましたが、元々、父が鬱(正しくは躁鬱でしたが、精神疾患という意味で大きくくくります)を患っていたこともあり、母は精神疾患に対して過敏で、父と同じ症状を子供も持っていると知ったら傷つくだろうし、悲しむだろうと思い、めまい、睡眠がおかしい等、とても精神病には結びつかなそうなワードを伝えて学校を休むようにしていましたが、三日も休んだら、ぶち切れられるわけです。

 

あんた明日は絶対にどんなことがあっても行きや!!しんどいって何なん?何がしんどいの、わけわからへんで!嘘か?等、ただでさえしんどいのに、責め立てられ、いっそのこと本当のことを言ってしまえば良かったのかもしれませんが、母を傷つけるくらいなら自分が苦しまないとという想いから隠し通していました。心配からヒステリーになっていたのでしょうけども、こちらとしてもパニックでしたから正常な判断はできませんでした💦

 
 

そこから少しして、高校1年生の冬に父が他界。

当時、付き合っていた彼氏は小学校からの幼馴染で(小1から片思いしていたスポーツ男子で、高校でやっと向こうから告白をしてくれたので、もうこれは運命だな!なんて思っていました。未だによく夢に出てくる唯一の元カレですが、恐らく彼はいわゆるカルマメイトさんだと思います)、当然私の父のことも知っていましたし、両親が離婚していることも、私が心を病み学校に行けていないことも知っていましたが、まだお互いに幼かったこともあり、かなり塩対応で(今考えると、そりゃどう声かけていいか分からないよねと)、私としては、こんなに辛いのに包み込んでもらえない悲しさで、唯一の理解者を失ったような感覚になり、そこから自傷の頻度が増えました💦

 

しかし、どうにもこうにも、音楽と関わり続けたい想いは変わらず、やっぱり部活に復帰するためにも、学校に行こうと再起しました。そして、なんと2年生からはその彼氏と同じクラスになり(2,3年と固定クラス)もうこれは頑張らなくちゃ!!と自分の中でブーストをかけすぎた結果、また体調が悪くなり、しかも、まさかの彼氏にも振られ、あと残り高校2年間の地獄が決定しました😅笑

 

この時点でお分かりかと思いますが、完全に他人次第の人生でした💫自分がやりたいこと、言いたいことは言わずして、誰かに好かれようとしすぎて結局捨てられる、典型的な依存女の末路…。今思い返すと、それはそれは目を背けたくなる程の未熟さを感じます😱

 

なんとか、彼氏に振られながらも、部活と学校に少しずつ出席できるようになり、3年になってからは昔からの夢だった保育士になるために短大を目指すべく、驚くほど急に毎日登校するようになりました(笑)

この時、私は何か目標や、共に目指す友がいたら頑張れるんだと気づき、これは当時の私にとって凄く大きな発見でした。

 

しかし、この間も、ずっと自傷は続いており、見えない場所、バレない所ばかり傷が増え、これ以上傷つける場所がないくらい、痛みさえも感じない程ボロボロになっていました。

きっとこの傷の数だけ、心の傷も沢山あったのだと思いますが、その時は、心の傷を体に変換することで、自分を保っていたのだと今になって感じます。

 

自傷って、はじめは痛みを感じたり、抵抗があるのですが、一度始めると次も、また次も、どんな些細なことでさえも、自分への体罰として気軽にできてしまうようになるんですよね。

私の場合は小学校時代は月1程、中学では週1、高校ではほぼ毎日やっていましたし、もう当たり前、常態化していました。

 

 

自分の心を守るため、死にたいの裏返しの生きたいという想い、生きていることを許してもらいたいという感情が全てその傷に表れていました。

日に日に自分を責めることが増え、誰にも認めてもらえず、愛してもらえていない感覚、孤独感、生きていること自体ダメなんだと考える毎日…今考えても苦しかったなと思います。

しかも、それを誰にも相談できない環境というのを経験しているので、これはもう、他の誰にも感じてほしくない悲劇ですし、この苦痛を味わう子が少しでも楽に生きられるようになれたら、そういう予備軍を早めに救えたらという想いもあり、私はより強い気持ちで保育士を目指しました。

 

 

大学時代は一番忙しく、嵐のように過ぎ去ったことと、当時付き合っていた彼氏との関係が良好だったこともあり、一時自傷が止まり、凄く快適で充実した日々でした☺️✨

しかし、はい、まさにそうです、彼氏との別れが来るとボロボロと全てが崩れていくんですよね。別れた理由は、彼氏が地元就職をするため遠距離になるので、私のメンタルがもたないだろうから…と話し合いの末でしたが、その後はもうお察しの通りです😅

 

 

人並にお付き合いはしてきましたが、やはりいつも他人軸で、相手に嫌われたり見捨てられることが一番怖くて、その恐怖というのは付き合っている間、常に自分の中にあり、その恐怖と戦いながら彼氏に満たしてもらおうとするので、結局安心感を得たことは一度もありませんでした。彼氏が頼りないから…と思っていた時期もありましたが、今考えると、完全に独りよがりだった私の責任です。

 

 

 

 

 

この時点ではまだ何の診断もついていないのですが、明らかに病的、少し異常な程の他人への執着依存を感じませんでしょうか?

 

私の場合は、愛してくれるはずの人や、自傷に対して依存しており、それが治まる時というのは、明確な目標があり、他に自分が集中没頭できる環境が条件となっていました。

ただ、その目標が達成され、また無になると、自分を見失い自分の存在価値をないものと捉えてしまうフェーズがやってくるのです。

 

なので、それに気づいてからの私というのは、常にせかせか何かやり続けていないと不安で、周りからは少し休んだら?とか、落ち着きがないと言われますが、自分が孤独状態になり、無になるのが怖くて、また、それを感じる隙を与えたくないために、いつも忙しくしているのだと思います。

 

 

これが、自分が自分なりにあみ出したセルフコントロールであり、正直これがデフォルトにありつつあるので苦しさはないのですが、もう少し手が抜けたらなーとか、自分のために時間使ってもいいのかなーという気持ちも芽生えつつあります✨

とはいえ、自分の使命感や、誰かの力になりたい想いは変わらないので、結果的に自分の時間を使ってでも誰かに尽くし続ける今を過ごしているわけなのですが😅

 

 

 

 

 

まず、ここまでが

境界性パーソナリティー障害の

診断は出ていないながらも

“その症状に苦しめられていた期間の私”

として書いていきました☀

 

次回は実際に診断に至った経緯と

その時の状況の説明になります☄️

 

まだしばらくは、スピリチュアルよりも

三次元的な視点での記事になるかと思いますので

気になってくださる方はどうぞよろしくお願いいたします🤗

 

 

 

 

 

 

ずっとニトリの取っ手の取れるシリーズ使ってたけど、ついに、私もサーモスデビューしました😍💗サーモスの方がコーティングの層が厚いからか、焦げ付きとか、トゥルン感が強く、ニトリより長持ちしそうな私見👀💡ちなみに、自己責任やけど、ニトリの取っ手も使えてるからめちゃくちゃ便利🥺💗↓